ラヴェルのピアノ曲
 

古風なるメヌエット"Menuet antique"

ラヴェル20才の作品で、ピアノ曲中では一番最初に出版された曲。3部形式の、題名の通り”古風”なトリオ付きメヌエットであるが、リズムの扱いが 独特で、形式的な拍節と16分音符分ずれるため、注意して弾かないと拍を間違えることがあり、そういう意味ではやや難しい曲なのかもしれない。 Majestueusement(威風堂々と)と指定された、勢いのある、歯切れ良いメヌエット主題、その後はdoux(優しく)と指定が変わり、短調か ら長調に転ずるトリオ主題が出てきて、美しい旋律が奏でられる。

ラヴェル自身はこの曲を評して「後退した保守的な曲」として謙遜していたようだが、後に3管編成の管弦楽版に編曲された。
 

亡き(逝ける)王女のためのパヴァーヌ"Pavane pour une infante defunte"

パヴァーヌとは16世紀にイタリアで流行した、スペインに起源を持つ2拍子の宮廷舞曲で、ゆっくりとしたテンポが特徴。師フォーレの影響が強いとも 評されるが、ラヴェル自身はこの曲について「私は大いに欠点を認めている。あまりにも明白なシャブリエの影響と、かなり貧弱な形式と」と相当厳しい調子で 批評しているが、甘美な情感を秘めた美しい旋律は、後に管弦楽版やフルートとハープのための編曲版とともに、広く親しまれている名曲となっている。

なにやら意味ありげな題名だが、特に故事や文学的なストーリーに基づいているわけではなく、ラヴェルがふと思いついた「亡き王女」(アンファント・ デフュント)という韻を踏む語調の良さが最大の理由といわれている。infanteとはスペイン語のinfantaに相当し、スペイン王室の皇女を意味す る。

ただ、その昔スペイン王室では通夜に棺の周りでパヴァーヌを舞ったと伝えられ、ルーブル美術館にあるヴェラスケスが描いた古いスペインの皇女の肖像 画から霊感を得たという説もあるが、定かではない。

第1主題は、ショパンの「別れの曲(練習曲作品10−3)となんとなく相通ずるような雰囲気がある。演奏上の技巧はラヴェルのピアノ曲としては難曲 ではないが、タッチがよほどしっかりしていないと、演奏上アラが目立つため、きれいに引きこなすのは容易ではない。

この曲はラヴェル自身がしばしばサロンに訪れていた、社交界の花形で音楽のパトロネス(パトロンの女性形)としてよく知られていた、エドモン・ド・ ポリニャック公妃に献呈されている。
 

水の戯れ"Jeux d'eau"

ドビュッシーの「水の反映」とよく対比される曲で、確かにドビュッシーの印象主義的な色彩が強い曲ではあるが、作品が発表されたのは、実はこちらの 方が4年も早く、13才年下のラヴェルがドビュッシーに逆に影響を与えていたことになる。このことを取り違える批評家が当時も少なくなかったようで、ラ ヴェル自身がそれに対して抗議したという記録も存在する。

出版楽譜には、アンリ・ドゥ・レニエの詩句(詩集「水の都」に収録されている詩「水の祭り」からの抜粋)がエピグラフとして引用されている。 "Dieu fluvial riant l'eau qui le chatouille"「水にくすぐられて(愛撫されて)笑いさざめく河の神」。ラヴェル自身は、この曲について「水の音、噴水、滝および流れの音楽から 感興を得たこの曲は、2つのモティーフによって構成されている。ソナタ形式の第1楽章にならっているが、古典的な形式をそのまま踏襲したわけではない」と 述べている。

速い連続するアルペジオ、クロスハンドなど様々な超絶技巧が織り込まれ、その演奏効果と色彩感の点で、ラヴェルのピアノ曲の中でも最高傑作と評さ れ、コンサートピアニストのレパートリーに欠かせない名曲となっている。

この曲はラヴェルの作曲における「わが親愛なる師」ガブリエルフォーレに献呈された。
 

鏡"Miroirs"

ソナチネとほぼ同時期に完成した作品であるが、ソナチネよりもすっと自由で、より印象的なスタイルを発展させ、ラヴェル自身も「私は「鏡」におい て、私の和製書法の発達にかなりの変化を示しているので、これまでの私の作風になじんできた音楽家たちを当惑させるであろう」と言っている。タイトルの 「鏡」が何を示すものなのか、ラヴェル本人からの詳しい説明はない。

1.(夜)蛾"Noctuelles"
 
「非常に軽やかに"Tres Leger"」との指定がある。詩人、レオン・ポール・ファルグの詩の一節「納屋の蛾は、ばたばたと飛び立ち、ほかの梁に止まって蝶ネクタイとなる」から 作曲のヒントを受けたとされる(実際、この曲はフォルグに献呈されている)。右手4対左手3のポリリズムから始まる旋律は、絡み合う不協和音により、闇の 中をはばたく蛾の複雑な動きを見事に表現している。ショパンの「蝶々」(練習曲集、作品25ー9)と聴き比べてみると、その対比が面白い。

2.悲しい鳥たち"Oiseaux tristes"

「非常に遅く"Tres Lent"」の指定で、冒頭は単旋律で悲しい鳥の鳴き声を描写。執拗に繰り返される音符を中心に組み立てられている。この鳥は「黒つぐみ」で、灼熱のごと き真夏に、大きな森(フォンテンヌブローの森)のうす暗がりに迷い込んでしまった鳥たちの、悲しみや不安を表現している。ラヴェルは「この曲は「鏡」のな かでも、もっとも個性の強い曲」と言っている。

3.海原の小舟"Une barque sur l'ocean"

「鏡」の中のピアノ独奏曲としては最も有名な曲。この曲と、「水の戯れ」、「オンディーヌ」をひとまとめにして「ラヴェル水シリーズ」と称する人も いる。左手の延々と繰り返される速いアルペジオが壮大な大洋のうねりに身をまかす小さな舟の様子を表している。この曲と次の「道化師の朝の歌」は管弦楽用 にも編曲され、そちらの方も有名。

4.道化師の朝の歌"Alborada del gracioso"

アルボラーダ"Alborada"とは昔のスペイン宮廷の朝に行われた行事での音楽を指すが、「暁」「起床ラッパ」という意味もある。朝に恋人宅の 窓辺でギターを弾きながら愛を語る、道化師の様子を描写した曲であろうか。管弦楽曲としても有名であるが、ピアノ単独で演奏される機会も少なくない。技巧 的には連打あり、重音(!)のグリッサンドありと、終始軽やかなタッチの、展開目まぐるしい難曲。

5.鐘の谷"La Vallee des cloches"

ラヴェルによれば、この曲は「正午にいっせいに鳴り響く、あちこちのパリの協会の鐘の音によって感興を催した」そうである。「道化師の朝の歌」とは 対照的に、静寂な雰囲気の曲。楽譜を一見すると「水の戯れ」の一部に用いられていた「3段譜」が全曲にわたっているため、ピアノ学習者の練習意欲を見事に くじく。様々な和音の組み合わせがでてくるため、ペダルの使い方に工夫が必要なんだとか。
 

●ソナチネ"Sonatine"

ソナチネとは「小さなソナタ」という意味。ピアノ学習者が単に「ソナチネ」と聞くとクーラウやモーツァルトの曲をイメージしてしまうが、曲の形式と してはこれらとさほど変わりはない。

ソナチネは、ある音楽雑誌が催したコンクールが機会となって作曲された。ラヴェルが終生のつきあいとなる出版社デュラン社から最初に出版された曲で もある。

1.第1楽章「モデレ」

両手が絡み合う速いアルペジオで始まる。演奏上においては、右手の交錯が少なくないため(特に冒頭部分は)慣れるまで弾きつらい。透明な雰囲気のと ても美しい曲。

2.第2楽章「メヌエ」

ゆったりとした速さのメヌエット。この曲にも左右の手が交錯する部分が多いが、テクニック的にはスローテンポなため第1楽章よりは、容易である。繊 細で美しい旋律が印象的。

3.第3楽章「アニマ」

ショパンの前奏曲集、作品28の第3番と、ドビュッシーの子供の領分「グラドウス・アド・パルナッスム博士」と似たような雰囲気のある、非常に速い テンポの曲。速いアルペジオの中に主題が巧妙に織り込まれていて、完全なメカニックとアーティキュレーションが必要とされる難曲。途中で第1楽章の主題が 再現される。
 

●夜のガスパール〜アロイジェス・ベルトランによるピアノのための3つの音詩 "Gaspard de la nuit - 3 poemes pour piano d'apres Aloysius Bertrand"

貧困と病のため34才の若さでこの世を去った、異色の詩人、アロイジェス・ベルトラン(Aloysius Bertrand)がただ一巻残した遺作「夜のガスパール」をモチーフとした、ラベルの作品中最大の難曲であると同時に最高傑作のひとつでもある。

※「夜のガスパール」の詩集自体は日本語版に訳され、文庫本(非常に薄い本)が、いまでも手に入るはず。大きな図書館に行けば高確率で読むことが可 能。

ラヴェル自身、技巧派のピアニストであったため、当時難曲の代表とされていたバラキエフ作曲の「イスラメイ」を名指して、これよりも難しいピアノ曲 を書くと宣言した後に、実際にこの「夜のガスパール」(フランス語の発音では正しくは「ギャスパール」というのが正しいらしい)を発表した。これらの曲を 弾きこなすためには超絶的な名人芸が要求され、プロのピアニストの間でも「一生の課題」として練習に励む人も実際にいるらしい。
 

1.水の精"Ondine"

ラヴェルのピアノ曲の中で「難曲中の難曲」とされるが、まず最初にこの楽譜を見たときに、あまりの音符の多さと細かさに圧倒される。しかも素早くピ アニッシモで多くの音を跳躍しながら押さえ、その音の集合から旋律を浮かび上がらせるのは至難の業である(ちなみに私は16小節あたりで筋肉痛となり、そ れ以上弾くことができない)。ちゃんとしたプロの演奏家が弾いた演奏を聴いた後、この楽譜を実際に読んで弾いてみると、その異様な難しさを実感できるであ ろう。

※おすすめは、横山幸雄氏(「イマージュ」に収録)、小山美稚恵女史(「ラヴェル・ピアノ作品集」に収録)の演奏か(CDの入手はいまでも比較的容 易)。
 

(ベルトランの詩より引用、以下2,3でも同様)



・・・私は眠っている間に、朧ろげに音楽を聞いているように思った。私のそばで、やさしく悲しげな声が囁くように歌っていた(Ch.ブリュノー:二人の妖 精)。

「ねえ、きいて!わたしよ。オンディーヌよ。陰鬱な月の光に照らされたあなたの菱形の窓を、水のしずくでそっとさわって鳴らしているのは。そうして いま、お城の奥方は、波もようの衣装をまとい、露台に出て、星をちりばめた美しい夜と、静かに眠る湖をじっつみつめていらっしゃる。/波のひとつひとつ が、流れのなかを泳ぐオンディーヌなの。流れのひとつひとつが、わたしのお城へとうねっていく小径なの。そうしてわたしのお城は、水でできている。湖の底 に、火と土と空気の三角形のなかに。/ねえ、きいて!わたしの父さまは、緑の榛木(はんのき)の枝でじゃぶじゃぶ水を叩くの。姉さまたちは泡の腕(かい な)で、みずみずしい牧草や睡蓮や、あやめの茂る島々を愛撫したり、ひげを垂らして魚釣りをしているしおれた柳をからかったりするわ。」/つぶやくような 彼女の歌は、私にねだった、オンディーヌの夫となるためにその指輪を私の指に受けよと。そして、彼女とともにその城にきて、湖の王となるようにと。/そし て、私は人間の女を愛していると答えたら、彼女はすね、くやしがり、しばらく泣いてから、ふと笑い声を立て、にわか雨となって、私の青い窓ガラスをつたっ て白く流れて消えてしまった。



 

2.絞首台"Le gibet"

終始一貫してなり続ける変ロ音で有名な曲。絞首台にぶら下がった囚人の死骸が夕日に照らされる不気味な光景を聴覚的に表現した、なんとも薄気味悪い 曲。この曲も「鏡」の「鐘の谷」と同様、12小節目から3段譜となり、持続低音が込み入った旋律、和声進行の中に絡み合う。

(ベルトランの詩より)



・・・この絞首台の周りを憑かれたようにぐるぐる回って、俺は何を見ようってのか(ファウスト)。

ああ!私に聞こえるもの。あれはひゅうひゅう鳴る夜の北風か。それとも絞首台の枝木の上で吐息をもらす死人(しびと)か。/あれは、森が憐れんで足 もとにやしなっている苔と、実らぬ蔦の中に、うずくまって歌うこおろぎか。/獲物をあさるはえが、もう聞こえぬその耳のまわりで、合図のファンファーレの 角笛を吹いているのか。/不規則に飛びまわって、かれの禿げた頭蓋骨から血のしたたる髪の毛をむしっているこがね虫か。/それとも、締められたその首にネ クタイをしようと半端のモスリンに刺繍をしている蜘蛛か。/あれは、地平線のかげの町の城壁で鳴る鐘の音。そして、沈む夕日が真っ赤に染める絞首刑囚のむ くろ。


3.スカルボ"Scarbo"

スカルボとは「身体の太った地の精」であり、不気味な夜を象徴する「阿呆」であり「侏儒」である。「夜な夜な、人足途絶えた街なかをうろつく阿呆」 は「片方の目で月を見上げ、もう一つの目は−潰れている」怪奇な小悪魔であり、変幻自在な妖精である。

この曲は大変複雑な構成(11部分に分けられる)で、主として3つの主題から派生するバリエーションの組み合わせから成り立つ。
「ラヴェルの超絶技巧作品」と呼ばれる難曲である。

以前にNHKの番組で、ウラジミール・アシュケナージが子供たちに音楽を教える内容のシリーズ作が放映され、実際にご覧になった人もいると思われる が、その中でアシュケナージがピアノに座り、子供たちの前で「いとも易々と「スカルボ」を弾いていた光景が、いまだに私の記憶に強く焼き付いている。

(ベルトランの詩より)



・・・奴はベッドの下、煙突の下、戸棚の中にいるみたいだったのに−誰もそこにはいない。奴はどうやって入り込み、また抜け出たのか、自分でも判っちゃい ないのさ(ホフマン:夜の小話)。

おお、いくたび私は聞き、そして見たことだろう、スカルボを。月が真夜中の空に、金の蜜蜂をちりばめた紺碧の旗の上の、銀の楯のように光るとのとき に。/いくたび私は聞いただろう、私の寝床のある隅の暗がりのなかで騒々しく笑うのを。そして私の寝床のとばりの絹の上でその爪をきりませるのを。/いく たび私は見ただろう、天井から飛び降りて、魔女の紡錘竿(つむぎざお)からころがり落ちた紡錘(つむ)のように、部屋中をつま先立ってくるくるまわり、転 げまわるのを!/あれ、消えた?と思ったら、小鬼は、月と私の間で大きくなりだした。ゴティックの大寺院の鐘楼みたいに!とんがり帽子には金の鈴が揺れ て。/でもすぐにかれの身体は蒼ざめ、ろうそくの蝋のように透きとおった。かれの顔は燃え残りのろうそくのようにうす暗くなった−そして突然、かれは消え た。

(以上、ベルトランの詩は、H.ジュルダン=モランジュ著「ラヴェルと私たち」安川加寿子・嘉乃海隆子共訳より))


●ハイドンの名によるメヌエット"Menuet sur le nom d'Haydn"

「ハイドン没後100周年」を記念する意味で、音楽雑誌の依頼によって作曲された。この時、ラヴェルの他にも5人の作曲家が同様の依頼を受け、その 中の一人ドビュッシーは「ハイドン賛」を作曲している。出版者側はあらかじめ”HAYDN”というスペリングを音名に置き換えるという手法で主題を提示 (YとDについては、かなり強引であるが)、各作曲家はこれに基づいて曲を作った。演奏時間2分程度の短い曲。
 

●高雅(高貴)で感傷的なワルツ"Valse nobles et sentimentales"

「シューベルトを手本にして一連の円舞曲を作曲した私の意思を、十分にものがたっている。「夜のガスパール」の基盤となっていた名人技をその書法は 引き継いでいるが、それは爽雑物をあきらかにもっとすて去っていて、和声を硬質にし音楽の彫りの深さを強調してしめす(自伝素描)」とラヴェル自身が述べ ているとおり、シューベルトの「34の感傷的な円舞曲」と「高貴な円舞曲」を参考にして、この曲を作ったのだろうと言われている。翌年にはナターシャ・ト ルハノヴァのバレエ団から「舞台上演用に」との依頼を受け、オーケストラ用に編曲された。

楽譜の冒頭に、詩人アンリド・レニエによる「無駄なことをしているときの、この上ない、常に新鮮な楽しみ」という言葉が掲げられている。

全体は8つのワルツからなるが、それぞれを単独で演奏されることはなく、通常は8つのワルツを連続して「ひとまとまり」の曲として演奏される。
 

●前奏曲"Prelude"

27小節(演奏時間1分足らず)の短いプレリュード。1913年にパリ音楽院「初見演奏」の試験課題曲のために書かれた曲で、ラヴェルの曲の中で (技巧的には)最も簡単な曲。出だしこそハ長調だが、初見で演奏する受験生を悩ませるような指定や臨時記号が多く、初見演奏時において、例えばアルペジオ での左手から右手に変えるタイミングや、指使いを決めるのは相当にスリリングであろう。極めつけはクロスハンドで弾かねば演奏できない中間部。どちらの手 を上にするか即座に判断するのはバクチに等しい(私は左手を下、右手を上にしているが、果たしてこの方法は正しいのであろうか?)。

この曲は、この時の試験で第1位となった当時15才の女子学生、ジャンヌ・ルルーに献呈され、その後彼女は著名な女流ピアニストとして活躍する (1910年には連弾曲、マ・メール・ロワ初演の相手としてラヴェルに抜擢された)。
 

●ボロディン風に"A la maniere de Borodine"

ロシアの作曲家、アレクサンドル・ボロディン(ロシア国民楽派「5人組」のひとり、化学者としても有名)の特徴を、ワルツの形で再現した曲。シンコ ペーションに乗ってゆるやかに流れるリズムで始まり、だんだん賑やかに、そしてフォルテッシモの派手なコーダを迎え、最後は静かにしめくくられる。
 

●シャブリエ風に"A la meniere d'Emmanuel Chabrier"

エマニュエル・シャブリエはラヴェルが最も敬愛した近代フランス作曲家のひとりであった。それゆえこの曲の作曲に際しては「ボロディン風」以上に手 が込んでいて、シャブリエとは相反するグノーの人気通俗オペラ「ファウスト」第2幕の有名なアリア「花の歌」を主題に選び、これをシャブリエだったらどの ように編曲するかというラヴェルの解釈を示している。演奏上は、シンコペーションや主旋律の移動により、非常にとっつきにくい曲。
 

●フォーレの名による子守歌"Berceuse sur le nom de Gabriel Faure"

ラヴェルの最大の師、ガブリエル・フォーレの名を音階に変換して(ハイドンの名によるメヌエットと同様の手法で)作られた子守歌。ラヴェル47才の 時の作品で、ピアノ独奏としては最後の作品となる。途中で不協和音が多く出てくるラヴェルらしいの不思議な曲で、これで眠る子供は終夜うなされそう。
 

●クープランの墓"Le tombeau de Couperin"

第1次世界大戦で戦死した友人に捧げられているので、それぞれの曲に「ア・ラ・メモリアル・デュ(ドゥ)」が付いている。クープランとは17世紀後 半から18世紀にかけて活躍した、フランスの大作曲家、フランソワ・クープランのことで、ラヴェルはクープランの時代の音楽形式と舞踏曲からなる組曲を題 材にして、この作品に取り組んでいたが、その最中に招集され看護兵として従軍した。幸いにもラヴェル自身は幸いにも(?)病気のため1917年に除隊でき たが、再び取りかかったこの組曲に、戦線で散った友人たちを悼む気持ちを込めたいと思うようになった。

「クープランの墓」は6曲から成り、それぞれ戦争で散った知友に捧げられているが、これは亡くなった音楽家を悼むときに、1曲ずつ作曲したという 18世紀の風習にならったものである。

1.前奏曲"Prelude"

「無窮動な(≒抑揚のない)曲」と評されることの多い、装飾音に彩られた速いパッセージのプレリュード。まるでチェンバロ用に書かれた曲みたい。

2.フーガ"Fugue"

簡潔な構成の3声フーガだが、演奏者にはかなり高度なポリフォニックな演奏技術とリズム感が要求される。アクセントやスタッカートを区別して弾きこ なすのが難しい。

3.フォルラーヌ"Forlane"

フォルラーヌ(フルラーナ)とはイタリア起源の6/8拍子の古い舞踏曲、あるいはヴェネチィアのゴンドラの船頭らによって愛好された舞踏曲で、16 世紀にフランスに入ってきたフォルラーヌとなった。不協和音の連続ながら、なぜか耳に心地よい旋律は、まるで現代のジャズバラードのような雰囲気である。 左右の手がクロスが多く、ペダル(特にソステヌートペダル)の使い方が難しい。

4.リゴードン"Rigaudon"

リゴードン(リガードン)は、南フランス起源の力強く野性的な2/4拍子の舞踏曲で、カンプラやラモーのオペラ中のバレエ曲に用いられ、組曲にも取 り入れられた。演奏上のテクニック的には、力強いタッチと両手の素早い交叉が必要で、和音の集合体から主題の旋律を浮き立たせるのは至難の業である。

5.メヌエ(=メヌエット)"Menuet"

落ち着いた雰囲気で円熟味のある非常に美しいメヌエット。

6.トッカータ"Toccata"

楽曲「クープランの墓」の6曲のうち、いやラヴェルのピアノ作品中でオンディーヌやスカルボと並ぶ難曲中の難曲とされる壮大な古典的トッカータ。こ のトッカータを献呈されたジョセフ・ドゥ・マルリアーヴ大尉(大戦で戦死)の未亡人は有名な女流ピアニスト、マルグリット・ロン女史で、この組曲「クープ ランの墓」は彼女の手によって、1919年4月11日に初演された。
 

●ラ・ヴァルス〜バレエ"La valse - Poeme choregraphique -"

1919年にバレエ・リュスの主催者ディアギレフの依嘱で作曲されたが、踊りにくいという理由でキャンセルされ(それきり2人は仲違いした)、別の 管弦楽の演奏会で初演されて好評を博したが、バレエとして演奏されるのは少なかったようである。スコアには「渦巻く雲の切れ目からワルツを踊る人々が見え る。雲は次第に晴れ、やがて豪華な広間で踊る人々の姿がはっきりと見え、シャンデリアの光が輝く。1855年ごとのウィーン宮廷」と説明が付いている。

ピアノ独奏版が編曲されたのは、年代的にはほぼ同時である。ピアノ独奏版の曲構成は原曲とほぼ同様、目まぐるしい展開で繰り広げられる長丁場を一気 に弾きこなさなくてはならない。

※オーケストラ版の方は演奏機会も録音も多く見かけられるが、ピアノ版の方は演奏される機会が少なく、録音されたものはピアニストの技巧が完璧でな おかつ良好な音質、という条件では、現在の所は日本が誇る美人女流ピアニスト、小山美稚恵さんの「ラヴェル・ピアノ作品集(ソニーレコード)」を手に入れ る他ない。
他には、作曲家兼ピアニストの小栗さんのホームページ「MIDIでおもいっきりリサイタル」http: //www.bb.wakwak.com/~oguri/
でリアルタイム演奏のMIDIファイルをダウンロードするという方法もある(こちらの演奏も絶品である。ラヴェル愛好家なら、一聴する価値大いにあり)。
 

●マ・メール・ロワ"Ma Mere l'Oye"

「マ・メール・ロワ」とはイギリスの「マザー・グース」である。題名も童話作家ペローの「マ・メール・ロワのお話」から取られている。本来は子供の ためのピアノ連弾曲で、技巧的にも子供向きのためオクターブはないし、極力やさしく書かれている。1911年には管弦楽版として編曲され、「前奏曲」「間 奏曲」等を付け加えたバレエ曲も出版されている。

1.眠りの森の美女のパヴァーヌ"Pavane de la Belle au Bois Dormant"

わずか25小節のイ短調自然短音階による前奏曲。これから始まる子供の夢の世界へのプレリュード。

2.一寸法師(おやゆび小僧)"Petit Poucet"

・・・貧しい父親から森に棄てられた一寸法師は、帰りの道標にと思ってパンのかけらを撒いておいたが、小鳥たちがみんなついばんでしまったので、ひ とかけらも残っていなかった(Ch.ペロー)。

低音部(セコンダ)による3度の対位法に対して、高音部(プリマ)が優しい旋律を奏でる。セコンダは、森をさまよう一寸法師の様子を表す音型を、一 方プリマの方には、パン屑を食べてしまった小鳥たちのさえずりが、ピアノの最高音域で聞こえる。

3.パゴダの王女レドロネット"Laideronnette Imperatrice des Pagodes"

・・・王女様はお着物を脱いでお湯を浴びられる。陶器の人形が男も女も楽器を弾き始める。そのテオルボは胡桃の殻でできており、ヴィロールはアマン ドの殻から作ってある。人形たちの大きさに合わせるには、楽器もこのくらいが手頃なので(ドールノワ伯爵夫人:緑の小鉈)

この曲は、中国のパコダの下で湯浴みをする小さな王女様と人形の伴奏者たちとの情景を、行進曲の動きで、にぎやかに、かわいらしい旋律で奏でてい る。5度音階が用いられているのは中国(シナ)製の人形だからという理由なのかもしれない。

4.美女と野獣の対話"Les Entreriens de la Belle et de la Bete"

・・・野獣は醜い、だが心は美しい。野獣は美女に妻になって下さいという。美女はためらう。野獣は命をかける。美女はついに受け入れる。すると美女 の前に野獣はなく、美しい王子が立つ。彼女の愛は獣に姿を変えられていた王子の魔法を解く力を持っていたのであった(ドゥ・ボーモン夫人)

マリー・ルプランス・ドゥ・ボーモン夫人の童話による、美女と野獣の交わす対話のコントラストを、ユーモアとエレガンスを混じえながら、ゆっくりと したワルツのリズムで巧妙に描かれている。先日好評を博したディズニーアニメの原題でもある。

5.妖精の国"Le Jardin feerique"

ピアニッシモで始まり、最後は子供向きの曲とはいえ、終曲らしく華やかにファンファーレとグリッサンドで、華々しく閉じられる。
 

●番外編〜ボレロ(ピアノ編曲版)"Bolero"

ラヴェルの作品の中で最も有名な曲。ボレロとはスペイン独特の3/4拍子の舞曲だが、ボレロ本来のリズムパターンとこの曲のそれは多少異なる。

この曲はラ・ヴァルスと同様、先にオーケストラ版が作曲され、その後にピアノ編曲版に書き直されているが、連弾用か2台ピアノ用の2種類で、独奏版 は存在しない。しかし、ドレミ楽譜出版社刊の「ラヴェル・ピアノ全集V(和田則彦監修)には特別掲載としてピアノ独奏用の監修者自身の手によるアレンジが 載っており、独奏として原曲の特徴と雰囲気を充分に生かした秀逸な作品に仕上がっている。ピアノ単独なため、ソロ楽器交代や編成の組み替えなどのバリエー ションで長丁場を聴かせ続けることが困難な理由から、繰り返しを減らしてあり、演奏時間も原曲(15分程度)に比べればだいぶ短い時間(6分程度)で終わ るのは、いたしかたないであろう。
興味のある方は是非楽譜を手にして、実際に弾いて頂きたい。



(追伸その1)

※文字コード表示上の問題で、タイトル等のフランス語表記は、実際と多少異なります。そのほとんどは"e"に特殊記号の付いた文字(ドイツ語でいう 「ウムラウト」みたいな)。正式には何と呼ぶのか分からん(私はこれまでフランス語を履修したことがない)。なんであらかじめこういう文字を基本セットに 入れておかなかったのか悔やまれる(漢字を文字コードに組み込む手間に比べれば、さほどの苦労でもなかったであろうに)。

(追伸その2)

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