k-spaceの正体札幌医科大学医学部放射線医学講座助手「ドクターKスペース」永倉久泰


K−spaceの定義
 

 raw data の二次元配列を k-space と呼ぶ。raw data を二次元フーリエ変換するとMR画像になる。
 区別しない事が多いがMR信号(FID信号やエコー信号)と raw data とは厳密には少々異なる。MR信号は単一のアナログ波であるが、これを周波数変換(後述)してからディジタル変換したものが raw data である。raw data は実数部と虚数部の二つからなる複素数である。
 一つのエコー信号はスライス内の全ピクセルが発生するエコー信号の和である。k-spaceの端の信号が撮影対象の端から、中央部の信号が撮影対象の中央部から発生しているのではない。
  k-spaceという用語が使われ始めたのはやはりEPI出現以降ではないだろうか。それ以前は単に raw data で済んでいたものが、EPIにより raw data の計算順序が問題にされる様になった為、k-space という用語が必要になったのではないだろうか。
k-space のx軸・y軸は周波数ではない
k-space のx軸 = frequency encode gradient の強度
k-space のy軸 = phase encode gradient の強度
                    ※もちろん設定次第でx・yは反対にもなる
 
 

MR画像の正体

 フーリエ変換の結果をスペクトルと呼び、そのx軸は周波数を表す。

 二次元フーリエ変換の結果を二次元スペクトルと呼び、そのx軸・y軸は周波数を表す。

 ところで k-space(raw data)を二次元フーリエ変換した結果がMR画像なので・・・
MR画像は二次元スペクトル
MR画像のx軸・y軸は空間周波数

 MR画像がフーリエ変換の結果であるから、考えてみればごく当たり前の結論だが、これを間違えている書物はザラにある。
 frequency encode 方向は元々位置に応じ周波数が異なるのでx軸が周波数と言うのはまだ理解できる(但し周波数の意味に注意)。しかし「y軸は位相ではないのか?位相エンコード方向のピクセル同士は位相は異なるが周波数は同じはずだ。もしy軸が周波数なら、なぜ同じ周波数のピクセル同士を分けられるのか?」という疑問が湧いてくる。volume scan ではy軸もz軸も phase encode を用いるので、この疑問を解決しない限り volume scan は理解できない。
『周波数』の意味に注意!
スピンの回転周波数(一秒当たりの回転数)なのか
空間周波数(シマ模様の山谷の数)なのか

phase encode の正体
 

 「phase encode でy座標に応じて位相を変える」「k-space を二次元フーリエ変換するとMR画像になる」この程度の事はどの本にも書いてある。しかし、なぜ phase encode 方向の位置がフーリエ変換で求められるのか、どの本もその肝心な所を説明せずにごまかしている。4年間考え抜いたその結果、まずMR画像がスペクトルである事に気付き、それから実際にk-space の図を書いてみると、答えはあっけないほど単純であった。まずは順を追って frequency encode の仕組みから解説する。
 

1. frequency encode 方向

 frequency encode gradient が強いピクセルほどスピン周波数が高いので、 frequency encode 方向の位置は一旦スピン周波数に置き換えられる事になる。次にエコー信号はMRI装置内部のメモリ(k-spaceの実体?)に転送される。この時点で時間情報は無関係となり、スピン周波数は k-space 上の空間周波数に置き換えられる。そしてフーリエ変換により割り出された空間周波数が frequency encode 方向の位置と見なされる。
 従って水より共鳴周波数が低い脂肪は、本来の位置よりも frequency encode gradient が弱い方向※に存在する様に見える(chemical shift artifact)。これはMR画像の軸が周波数である事の何よりの証拠である。

※SE・GREでは frequency encode 方向に生じるが、EPIでは phase encode 方向に生じる
 

2. phase encode 方向

 単純化の為にちょうど1ピクセルの大きさのファントムがあると仮定し、x軸を周波数エンコード方向、y軸を位相エンコード方向とする。

a. y座標がゼロの位置(x軸上)にファントムがある場合

 phase encode gradient を変えても、ファントムの磁場強度は変わらないので常に同じエコー信号が得られる。このエコー信号を k-space に並べると、y軸方向の断面は直線(例えば上図※の左端)となる。直線即ち空間周波数がゼロ(シマ模様の数がゼロ)なので、二次元フーリエ変換するとy座標がゼロの位置にスペクトルが観察される。即ちMR画像ではy座標がゼロの位置にファントムが写る(様に見える)。

※図では rephasing 及び dephasing による振幅の変化を省略している
 

b. y座標がゼロでない場合

 phase encode gradient を変えて撮影すると、共鳴周波数は変わらないが phase encode gradient の強度に比例して位相がずれたエコー信号が得られる。このエコー信号をk-space に並べると、y軸方向の断面は正弦波状(上図では1.5サイクル)となる。
 phase encode gradient の最大勾配が同じなら、エコー信号の位相変化はファントムのy座標に比例する。ファントムのy座標がさらに大きくなると、k-spaceのy軸方向の断面に生じる正弦波の周波数はさらに高くなる(下図では3サイクル)。


 

 これを二次元フーリエ変換すると、ファントムのy座標に比例した空間周波数のスペクトルが観察される。即ちMR画像ではファントムのy座標が再現される。つまりy軸方向の位置は phase encode gradient によりまず位相変化に置き換えられ、次に raw data を k-space に並べる事によって位相変化に比例した空間周波数の波に置き換えられ、最後にこれを二次元フーリエ変換すると撮影対象のy座標が再現されたMR画像になる。
phase encode の最終目的は位相変化ではなく、それによって
k-spaceにy座標に対応した空間周波数のシマ模様を発生させる事にある

 

周波数の正体
 

 以上の解説の様に、MR画像のy軸(phase encode 方向)が表している「周波数」とは、エコー信号に含まれているスピンの回転周波数ではなく、エコー信号を k-space に並べた時に初めて浮かび上がってくるy方向のシマ模様の空間周波数(シマシマの数)である。
 同様にMR画像のx軸( frequency encode 方向)が表している「周波数」もスピンの回転周波数ではなく、エコー信号を k-space に並べた時に浮かび上がってくるx方向のシマ模様の空間周波数である。
 
 

k-space に関する常識のウソ
 

「k-spaceのx軸・y軸は(空間)周波数を表す」?!

k-space は単なる raw data の集合であり、k-space の軸は空間周波数ではない。周波数成分はフーリエ変換して初めてわかるもので、フーリエ変換する前のデータの段階でなぜx軸・y軸が周波数なのか、説明できるものなら説明してもらいたい。
※4年前の私のMRI研究会の抄録は是非捨てて欲しい
 

「x軸(frequency encode 方向)が時間でy軸(phase encode 方向)が phase encode gradient の強度」?!

spin echo 法では実質的に正しいが、echo planar 法の様に k-space の埋め方が色々だと一概にそうとも言えない。
 

「k-space の原点近くの成分は低い空間周波数成分を表し、原点から遠い成分は高い空間周波数成分を表す」?!

くどい様だが k-space の座標は空間周波数ではない。
※逆にMR画像が k-space の空間周波数を表している事になるがかえって混乱するであろう
 

「k-spaceの中央部がMR画像のコントラストを、周辺部が微細構造を決定する」?!

スペクトルの中央部(低い空間周波数成分)が実画像のコントラストを、周辺部(高い空間周波数成分)が実画像の微細構造を表すが、k-spaceが元の画像データでMR画像がスペクトルであるから、正反対である。
 但し k-space の中央部は phase encode 量が少なくエコー信号同士の干渉が少ない為振幅が大きいので情報量も多い(AD変換による情報欠落が少ない)。また画像に限らず音声など大抵の波動は低い周波数成分ほど振幅が大きい傾向(1/fの法則)があり、一般に振幅は低い周波数成分で決まる。その様な意味では k-space の中央部がコントラストを支配すると考えるのは差し支えないと思われる。しかし大抵の本では、空間周波数が低いのでコントラストを支配すると誤って解説している様に思われる。
 
 

書物の鵜呑みはdangerous
 

「フーリエ空間、またはエコーデータを位相エンコードの順に二次元に並べたもの」(日獨医報 1993年 37巻 4号 p14)

『フーリエ空間、または』がなければ許せる
 

「画像データのフーリエ変換である空間をk-spaceという」
「k-spaceは空間周波数の座標(kx・ky)で表される」(画像診断 1996年 16巻 10号 p1137)

k-space をフーリエ変換の結果と勘違いしていると思われる
 

「k-space はMR検査中に得られる生データである。また、これは time domain あるいは生データとして知られている。」(INNERVISION 1994年 9巻 9号 p19)

k-space が生データであるという部分は正しいが、time domain と解釈するとEPIが説明できない
 

"The samples in a data matrix are identified by coordinates kx and ky. These coordinates are knows as spatial frequencies, and they span k space " (MAGNETIC RESONANCE IMAGING, Second Edition, Volume One, p38)

k-space が data matrix であるという部分は正しいが、x軸・y軸が空間周波数とする説明は k-space をフーリエ変換の結果だと勘違いしていると思われる
 

 最後の例の様に、有名な洋書ですら鵜呑みは危険である。その理論で本当に raw data からMR画像を再構成できるのかどうか、良く考えてみる事を勧めたい。
(正直言って、もしかして勘違いしているのは自分ではないのかという恐怖に何度となく襲われた)

 CTやFCRなどの一般的な画像処理では、元の画像を一旦フーリエ変換でスペクトルに変換してから周波数領域で演算処理を加え、最後に逆フーリエ変換して画像を再構成している。即ちフーリエ変換は画像処理の為の pre-proccessing として用いられている。一方、MRIの画像処理では複雑なパルスシーケンスを対象物に照射する事によって raw data の段階で既に処理が施されており、フーリエ変換は画像処理の手段としてではなく最終的な画像を得る為の post-processing として用いられているに過ぎない。
k-space 内の raw data はフーリエ変換の結果(スペクトル)が
対象物の断層像そっくりに見える様に巧妙に仕組まれている

 
 

禁断のイカサマ数学

 
 速いだけが取り柄のバカコンピュータがMR画像の再構成を行っている。その内部はデジタル処理なので無理数も無限大も虚数も存在しない。コンピュータは本質的には+−×÷ができる程度のバカで、微積分やフーリエ変換など全然知らない。にも関わらずMR画像の再構成ができる。
 MRIの理論を勉強するには数学が必要かと思っていたが、もしかして人間だって数学を知らなくてもいいのではないか?開き直ってマトモな数学を捨て、デジタル処理の特徴を逆手に取って悪用してみた。
 

デジタル積分
 

 原理そのものは数学の世界でもデジタルの世界でも同じであり、前の積分値と新しいデータの和を新しい積分値とし、これを順に繰り返すだけである。数学の世界での積分はこれを無限に細かく計算(その結果が公式になる)するが、デジタルの世界には無限など存在しないから、ただの足し算で済む。

 数学の世界と異なりデジタルの世界ではデータとデータの間には何も存在しないので、データ同士をどんな線で結ぼうが関係ない。つまり上図の積分の結果は、下図の様に書いても全く差し支えない。もっと極端に言えば、線で結ぶ意味すらない。


 

禁断のイカサマ積分
 

 いちいち足し算なんてやってらんないのでここでイカサマをする。元データの値は無視しその符号だけに注目する。新しいデータが正なら積分値を増やし、負なら減らし、ゼロならそのまま変えない。これで元データを見ただけで直感的に積分ができる。元データの値を無視する事に抵抗があるなら、例えば正の大きなデータの時は積分値も多く増やす様にすればよい。大小関係と因果律(データが変化しない内は結果も変化しない)さえ正しければサマになる。


 
 

デジタル微分
 

 原理そのものは数学の世界でもデジタルの世界でも同じであり、隣り合うデータ同士の差を並べていくだけである。積分同様数学の世界ではこれを無限に細かく計算するが、デジタルの世界には無限など存在しないから、ただの引き算で済む。


 
 デジタル積分の項で述べた様に、上図の微分結果は例えば下図の様に線を結んでも一向に差し支えない。


 
 

禁断のイカサマ微分
 

  いちいち引き算なんてやってらんないのでここでもイカサマをする。データ同士の差の値そのものは気にせずに増減のみに注目する。データが増えれば微分値は正、減れば負、同じならゼロとする。これで元データを見ただけで直感的に微分ができる。元データの差を無視する事に抵抗があるなら、例えば大幅に増える時は微分値も大きな正の値にすればよい。


 
イカサマ微積分の極意
 

(データ) → (積分)

プラス ⇔ 増加
ゼロ ⇔ 不変
マイナス⇔減少

(微分)←(データ)

クソマジメに計算なんかしなくてもいい

禁断のEPIシーケンス解読術
 

 イカサマ積分はEPIのパルスシーケンスから k-space の埋め方(k-space trajectory)を解読する上で極めて有用である。一例として下図の様なパルスシーケンスのk-space上の軌跡を求めてみる。


 

 まず frequency encode gradient 及び phase encode gradient を各々積分し、その結果をk-space のx座標・y座標とする。つまり gradient が正なら座標を増やし、負なら減らし、ゼロなら変えない。


 

 その結果を時間軸に沿ってk-spaceにプロットするとk-space上の軌跡がわかる。ところでパルスシーケンスを見ると frequency encode gradient も phase encode gradient も始まりの部分が(slice selection gradient と一緒に)負になっている。この部分はエコー信号の発生には関与しないが、k-spaceの軌跡を見ると座標を原点から端に移動する為のシーケンスである事がわかる。


 

 EPIのシーケンスがこんなに簡単に読めるとは実におもしろい。調子に乗って別なシーケンスも読んでみる。


 

 frequency encode gradient は先程のシーケンスと同じなので、phase encode gradient の積分結果のみ示す。


 
 

 下図の軌跡になる事を確認されたい。


 
 
 

禁断のオリジナルシーケンス設計術
 

 シーケンス解読術の逆を行けばよいのだから、今度はイカサマ微分を使う。まず k-space に好きな軌跡を書く(一例として下図)。


 

 次にx座標・y座標の各々を微分する。つまり座標が進んだか・変わらないか・戻ったかを調べると、その結果がもう frequency encode gradient ・ phase encode gradient になっている。あとはこれに90度パルスと slice selection gradient (EPIならどのシーケンスでも同じ)を付け足せばオリジナルシーケンス完成である。


 

 このオリジナルシーケンスはキメは荒いが、下図と比較すればこのシーケンス設計術があながちイカサマでない事が理解できるであろう。厳密なシーケンス設計には正・ゼロ・負だけのイカサマ微分ではなく、時間軸を一定速度で進みながら変化分を計算した本格的な微分(例えば軌跡の上を1mm進む毎にx座標・y座標が各々いくら変化したかを順々にプロットしていく)を用いる必要があるが、それでも方眼紙と鉛筆と電卓さえあればオリジナルシーケンスの開発が可能である。
gradientの積分が k−space の座標
k−spaceの座標の微分がgradient


 

 上図の frequency encode gradient および phase encode gradient は、時間と共に振幅が大きくなるsin波・cos波である。そもそもsin・cosが円運動の投影像である事を考えれば、k-spaceの軌跡が渦巻き状になるのも直感的に理解できるであろう。ちなみにこのシーケンスはk-spaceを端からでなく原点から埋めてゆくので、 frequency encode gradient および phase encode gradient の始まりの部分は、先に挙げた2つのシーケンスと異なり slice selection gradient が負の部分でもゼロのままである。

※上図のk-spaceの軌跡は2本あるが、パルスシーケンスはその内の1本分しか示していない
 
 

付録〜 禁断の裏知識

 
 三角関数の性質どんな周波数の正弦波でも、一周期分積分するとゼロになる。例えば
sin0+sin1+sin2+・・・・・+sin359=0
である。要するに正負対称なので平均値はゼロになる。後述するが重要な性質である。

加法定理

MRIの原理を理解する上で非常に重要な定理である。

cosα・cosβ= 0.5cos(α+β)+0.5cos(α-β)
sinα・sinβ=-0.5cos(α+β)+0.5cos(α-β)
sinα・cosβ= 0.5sin(α+β)+0.5cos(α-β)

上の式を覚える必要はない。覚えるべき事は、(学問的な表現ではないが)二つの周波数を掛け算すると、和の周波数と差の周波数になるという事である。MR信号をディジタル化する前に行われる周波数変換は、この定理そのものである。
特にα=β、即ち同じ周波数の波同士の掛け算は

cosα・cosα= 0.5cos2α+0.5
sinα・sinα=-0.5cos2α+0.5
sinα・cosα= 0.5sin2α+0.5

となるが、この式を一周期積分してもゼロにならない(0.5が残る)点に注目されたい(α≠βの場合はゼロになる)。つまり色々な周波数が混じった波と、ある特定の周波数の波を掛け算して積分すると、その特定の周波数成分だけが残り、それ以外の周波数成分は消える事になる。これをフーリエ変換の基本原理と考えてよい。フーリエ変換を基本周波数の整数倍のsin波・cos波と元データとの相関係数と考えるとよい。

※「phase encode の正体」の項でわざと1.5サイクルという中途半端な空間周波数の例を作って見せた。フーリエ変換の結果は基本周波数の整数倍であって、1.5サイクルというスペクトルはない。「変換」という言葉の裏には、真実そのものを表すわけではない、という実に奥深い意味が秘められている。

以上。
 
 

〒060札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学放射線医学講座 永倉久泰 E-mail:nagakura@sapmed.ac.jp FAX:011−613−9920 



 

戻る