【脳血管障害】
■脳卒中(stroke, apoplexy)
突発的に脳動脈に異常が起こり、急に意識障害や神経学的異常(麻痺、言語障害等)をきたす病気の総称。最近では"brain
attack"という用語も普及している。
脳卒中の代表的な疾患
・脳梗塞(brain infarction)
・脳出血(brain hemorrhage, intracerebral hemorrhage: ICH)
・くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage: SAH)
・動静脈奇形からの頭蓋内出血(ICH from AVM)
脳卒中の分類 〜脳出血と脳梗塞の2系統に大別される
・虚血性(脳梗塞)
脳血栓・・・脳の血管の血栓による梗塞
脳塞栓・・・頭蓋外からの血栓が飛んで、脳の血管につまる梗塞
・出血性
脳出血・・・大半が高血圧が原因となる、脳実質内の出血
くも膜下出血 ・・・脳動脈瘤破裂などによるくも膜下腔への出血
脳動静脈奇形(AVM) ・・・破裂するとくも膜下出血、脳出血になる
■くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage: SAH)
くも膜と軟膜の間に存在する”くも膜下腔”に出血が起こり、脳脊髄液に血液が混入した状態。
発症原因
・破裂脳動脈瘤(嚢状、紡錘状、解離性):70%
・脳動静脈奇形:10%
・モヤモヤ病:数%
・動脈硬化
・その他(外傷性、出血性素因など)
症状
・突然の(過去に経験のないほどの)激しい頭痛と嘔吐、痙攣、項部硬直、一過性の意識障害
・急激な頭蓋内圧上昇
・髄膜刺激症状(発症直後は、認められないことがある)
・原則として、片麻痺や失語などの局所神経症状は生じない
(血腫を形成するほどの出血を伴う重症例を除く)
検査所見
・CT所見・・・脳底部髄液槽のクモ膜下腔において、出血を示す高吸収域がみられる(星形)。
・3DCTA・・・動脈瘤などの出血源の探索に行われる。血管造影と比べ、手軽で短時間、低侵襲。
・脳血管撮影・・・術前に出血の原因となった動脈瘤や動静脈奇形の部位を確定するために行なう。クモ膜下出血後6時間以内は再破裂の危険が大きいのでこ
の後に行なう。
・腰椎穿刺にて血性髄液・・・CTで出血が不明瞭な症例に限って実施する(それ以外の場合は腰椎穿刺で再出血の危険性が増す)。
穿刺時の外傷による出血と鑑別するため、髄液を遠心して上澄のキサントクロミーを確認する。
病状の進行、合併症
・頭蓋内圧亢進(increased ICP)
髄液循環障害、血腫形成 → 脳ヘルニアに陥ることもある。
・脳動脈瘤の再破裂(rerupture)
発症当日(24時間以内)、ついで初回発作後7日〜15日に再破裂しやすい。
再破裂をきたすたびに死亡率が30%、50%と上昇する(再破裂前は約15〜20%の死亡率)
・脳血管攣縮(cerebral vasospasm)
SAH発症後4日〜15日の慢性期に発生、ピークは7〜8日。約30%が神経脱落症状や意識障害などの脳虚血症状をきたし、重症例では死亡することが
ある。
・正常圧水頭症(NPH)
数週間〜数ヶ月後に発症、痴呆症状、尿失禁、歩行障害など。外科的シャント手術で改善する。
治療
破裂動脈瘤の場合は早期にclippingを行なう(SAHに対する、唯一の根治方法)。
とりあえずは、再出血の予防、鎮静剤・降圧剤の投与。
・内科的治療法
浣腸や緩下剤による排便時の怒責抑制
降圧薬の投与
脳浮腫に対するステロイド投与
・外科的治療法
脳動脈瘤頚部のクリッピング、72時間以内に行なう(再破裂の防止)
血腫除去、脳槽ドレナージ(脳血管攣縮のリスク低下)
脳室ドレナージ、シャント(頭蓋内圧亢進、水頭症の防止)
■脳出血(intracerebral hemorrhage: ICH)
脳実質内に出血が生じ、血腫を形成したもの。
脳卒中のおおよそ30%を占める(日本人に多い)。血腫による圧迫症状と頭蓋内圧亢進症状を示し、高血圧が原因の大部分を占める。
危険因子
・年齢
・高血圧
・糖尿病
・高尿酸血症
検査所見
CTが極めて有効で、血腫が高吸収域として(白く)描出される。
■高血圧性脳内出血・・・高血圧による穿通枝の血管壊死による脳出血
・被殻出血(35%)・・・中大脳動脈の枝の破綻で起こる。意識障害、片麻痺、病側への共同偏視。
・視床出血(29%)・・・意識障害、片麻痺、下方共同偏視、瞳孔不同、高齢者に多い。
・混合型出血(5%)
・橋出血(7%)・・・四肢麻痺、著しい縮瞳
その他の脳出血
・皮質下出血(13%)・・・高齢者に多い。アミロイドアンギオパチーが主な原因。
・小脳出血(8%)・・・健常側への共同偏視、縮瞳、頭痛、めまい・嘔吐が強い、意識障害は軽い。
治療
・内科的治療法・・・主に脳浮腫に対して
(1)マンニトールなどの高浸透圧性脳圧降下薬、もしくは
(2)ステロイド、のいずれかを投与する。
・外科的治療法・・・血腫そのものを除去する(開頭血腫除去、定位脳手術(ステレオ)など)
■脳動静脈奇形(arterio-venous malformation: AVM)
脳の先天的血管異常で、毛細血管の欠損による動脈と静脈の短絡をいう。流入動脈が毛細血管を経ずに流出静脈と直接吻合している状態。出血にはくも膜下出
血と脳内出血があり、経過中に出血する頻度は60〜70%である。
症状、特徴
・20〜40歳代の若年者に多い。
・不定の頭痛を有し(50%で見られる)、ある日、痙攣発作やくも膜下出血様症状が出現。
・脳血管撮影などで、動脈から静脈への拡張、蛇行した異常血流(ナイダス:nidus)が認められる。
治療
原則として、全摘出する。
1.外科的治療・・・動静脈奇形部(nidus)の全摘出
2.ガンマナイフ・・・3センチ以下のものに有効
3.内科的治療・・・手術できないものに対して、抗痙攣剤などを投与。
(脳幹や大脳基底核部、大脳皮質運動野、深部動静脈奇形、大きさが6センチ以上は治療困難)
■もやもや病(ウイリス動脈輪閉塞症) (moyamoya disease)
両側の内頸動脈の主幹部が進行性に狭窄する、原因不明の疾患。側副血行路が発達してできた穿通枝が血管造影でモヤモヤと映る。日本人に圧倒的に多く、
10歳未満と30歳代にピークがある。
症状
成人では頭蓋内出血
小児では一過性の脳虚血・・・片麻痺や失語が出現し、脳梗塞に発展することもある。
過換気でPaCO2が低下すると脳血管が収縮し、発作が誘発される。
検査所見
脳血管撮影で、内頸動脈末梢の閉塞像と脳底部の網状のモヤモヤ異常血管像を呈する。
治療
外科的治療・・・小児の症例が対象となり、成人の場合は治療法はない。
直接血行再建術(効果は高いが、適応が限られる)
・STA-MCA anastomosis
浅側頭動脈 STA と中大脳動脈 MCAを吻合し、血流を増加させることで TIAの再発や
脳梗塞を予防する。
間接血行再建術(もっとも多用される)
外頸動脈から血流を受ける組織を血流を保ったまま脳表に接触させ、血管新生を促す。
・Encephalo-myo-synangiosis, EMS
・Encephalo-duro-synangiosis, EDAS
・Encephalo-duro-arterio-myo-synangiosis, EDAMS
■脳梗塞(cerebral infarction)
脳動脈の閉塞、狭窄による循環障害によって、脳組織が不可逆的な虚血性壊死を生じた状態。クモ膜下出血と異なり、男性のほうが脳梗塞の発症率が高い。
危険因子
粥状硬化症
高血圧
高脂血症
糖尿病
心疾患(特に(非弁膜症性)心房細動は脳塞栓症を招く)
部位による分類
穿通枝系脳梗塞 :基底各部の穿通枝系動脈領域に生じる
皮質枝系脳梗塞 :皮質部の皮質枝動脈に生じる
・アテローム血栓性梗塞(atherothrombotic infarction)
脳主幹動脈の粥状硬化が原因となる脳梗塞。 特に内頚動脈・中大脳動脈・椎骨動脈・脳底動脈などに好発する。
前駆症状としてTIAが見られることが多く、梗塞が広範囲に及ぶ場合には頭蓋内圧亢進が生じる。
※境界領域梗塞(分水嶺梗塞)(watershed infarction)
脳主幹動脈の血流支配の境界領域に生じる脳梗塞。アテローム血栓性脳梗塞(とくに頸動脈病変でみられることが多い。皮質・皮質下白質を含み、大脳
の表層に生じる表層型と、深部白質を中心に生じる深部型に分けられる。「血行力学性の」脳梗塞として、血栓性・塞栓性とは別に分類されることもある。
・ラクナ梗塞(lacunar infarction)
脳深部を潅流する穿通枝の障害(穿通枝系の血栓症)による梗塞。
脳実質に侵入する穿通枝動脈の終末部では,高血圧の影響をより強く受けるために細小動脈が血管壊死 に陥りやすい。 日本で最も多いタイプ。
内包後脚が責任病変で片麻痺を招くことが多いが、病巣は小さいので頭蓋内圧亢進は生じない。
■脳塞栓症(brain embolism)
脳血管以外(主に心臓内)の血栓が遊離し、脳血管を閉塞して生ずる梗塞で、しばしば発症は急激である。
瞬時に血管を閉塞してしまい側副血行を形成する時間的な余裕がないので、重症化の傾向が強い。
いつでも発症し、局所脳神経症状が突発完成する。意識障害を伴い神経症状も重篤なものが多いが、時に急速に回復することがある(閉塞部位の自然再開通によ
る)。
原因・・・心房細動によるものが多い
心原性
心房細動などの不整脈や左心室の心筋梗塞に起因することが多い。
不整脈、特に心房細動
急性心筋梗塞
細菌性心内膜炎
心臓粘液腫
脂肪塞栓
腫瘍塞栓
■脳血栓症(brain thrombosis)
脳動脈に血栓が形成されることによって脳血管の閉塞を生じ、脳梗塞となる。
しばしばなんらかの予兆がある(一過性脳虚血発作など)。
検査所見
・CTでは、梗塞巣が低吸収領域(LDA)として描出される。ただし発症後6〜24時間はCT上に異常所見は現れにくく、発症後数日を経て、LDAとし
て描出される。
・MRIでは、T1強調画像では低信号(黒)、T2強調画像では高信号(白)となる。
治療
外科的治療
頸動脈内膜剥離術
浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術 (STA-MCA anastomosis)
血管内手術
★血栓溶解療法・・・発症数時間以内の超急性期脳梗塞に対する治療法。静脈内に投与する方法と、脳血管撮影時に透視下においてマイクロカテーテルを用い
て、直接動脈内に高濃度の血栓溶解薬を投与する方法がある。
適応、注意点
・血栓溶解療法は、発送数時間以内(3〜6時間)の超急性期が対象。
・脳組織が虚血状態でありながら、可逆的である場合のみ実施可能(まだ梗塞に陥ってない状態)。
・すでに梗塞に陥った脳組織に血流を再開させると、出血を起こす危険性が高い。
血栓溶解薬の種類
ウロキナーゼ(UK) ←現在(2003.9.23)日本国内で承認されているのは、これのみ。
ストレプトキナーゼ
プラスミノーゲン・アクチベータ(tissue plasminogen activator; t-PA)
組織プラスミノーゲン・プロアクチベータ(prourokinase; pro-UK)
■一過性脳虚血発作(transient ischemic attack, TIA)
脳の循環障害により様々な神経脱落症状が急速に現れるが、24時間以内に症状が完全に消失する病態をいう。
ただし一部はアテローム性脳梗塞へと発展する。
病因
・脳血管不全説(血行動態説)
脳動脈に狭窄・閉塞があり、何らかの原因で血圧が下降すると局所症状が出現し、血圧が回復すると症状も消失するという考え方。
・微小塞栓説
頚部動脈や脳動脈にアテローム狭窄があり、同部に発生した血栓が遊離して末梢に流れて脳に小塞栓を起こすとする説。
血栓子は短時間のうちに溶解したり,さらに細かく壊れて流れ去るため,血流再開とともに症状は消失するという。
症状
局所の虚血によって神経症状が出現するが、基本的に意識障害はない。
・一過性黒内障 amaurosis fugax: 眼動脈閉塞による単眼性の視力消失をいう。
・運動障害
・感覚障害
・言語障害
治療
内科的治療
抗血小板薬
抗凝血薬
脳血管拡張薬
外科的治療
頭蓋外頚動脈の著しい狭窄や、潰瘍性粥状硬化のある場合、血栓内膜除去術・バイパスグラフトを行う。
■Wallenberg症候群(延髄外側症候群) (lateral medullary infarction)
椎骨動脈の閉塞に起因する、一側性の延髄外側の障害。
症状
・同側のHorner症候群
延髄網様体の障害による、眼瞼下垂・縮瞳・眼球陥入を三徴候とする、交感神経麻痺。延髄網様体には交感神経遠心路が走行しており、交感神経は瞳孔散大
筋と上眼瞼板筋(ミュラー筋)を支配しているためである。
・温痛覚の障害
・同側の顔面の知覚障害(三叉神経脊髄路核の障害による)。
このとき橋上部に存在する主感覚核は障害さ れないので触圧覚は温存され、解離性感覚障害を呼ばれる。
・対側の四肢の知覚障害(脊髄視床路の障害による)。
・球麻痺・・・延髄の舌咽神経核、迷走神経核の障害による嚥下障害・構音障害を呈する。
・内耳神経核の障害によるめまい vertigo
・下小脳脚の障害による対側の小脳症状
■脳血管性痴呆(vascular dimentia)
多発性の小さな脳梗塞によって脳機能が低下し、痴呆を来たす疾患。
症状
機能低下は局所に限定されるので、アルツハイマーのような全般的痴呆には至らない(まだら痴呆)。
まだら痴呆
感情失禁
人格はよく保たれる
※Binswanger型血管性痴呆(Binswanger's vascular dimentia/ Binswanger's disease)
緩徐進行性の痴呆と、大脳白質の広範な変性を特徴とする血管型痴呆の一型。MRIでは、内包や半卵円中心、基底核のラクナ梗塞および広範な白質病変
(leukiaraiosis)を認める。
2003/09/23 ふみぽん