1.はじめに この調査は、龍ヶ崎地方塵芥処理組合城取清掃工場(以下「城取清掃工場」という。)周辺住民の血液中のダイオキシン類の調査で高濃度のダイオキシン類が検出された、との昨年6月の日本環境化学会の環境化学討論会での発表を受け、行政においてもその実態について把握することが急務と判断して実施したものである。
調査に当たっては、調査の公平性・透明性を確保するために、住民代表を加えた「ダイオキシン類関連健康調査検討委員会」(以下「検討委員会」という。)を設置するとともに、血液中のダイオキシン類の分析方法が確立していないことや人体への健康影響についても十分に解明されていないことなどから、調査方法や調査結果の評価等について検討するため、公衆衛生、分析、医学及び気象関係の専門家による検討委員会専門部会(以下「専門部会」という。)を設置した。
また、可能な限り、住民の血液中のダイオキシン類濃度と城取清掃工場との因果関係を追究するため、健康診査や生活状況関連調査を加えて実施するとともに、これら調査を対照地区の住民についても実施した。
なお、この中間報告は、専門部会において作成し、検討委員会において承認を得たものとしてとりまとめたものである。
2.調査の実施主体 広域的かつ専門的な調査を必要とすることから、茨城県が、関係する市町及び住民の協力を得て行った。
3.調査の内容 (1)血液中のダイオキシン類の濃度検査
(2)肝機能検査、腎機能検査、既往症・自覚症状等の問診などによる健康診査
(3)居住歴、職業歴、喫煙歴及び食習慣などの生活状況関連調査
4.調査対象 (1)対象地区
城取清掃工場の風下に当たる南西地域について、一定の距離により分割した対照地域を含む次の4地区とした。
A地区 B地区 C地区 D地区 0〜1km l〜2km 2〜5km 5〜10km 新利根町根本・龍ケ崎市塗戸町等 同左龍ヶ崎市高作町等 龍ヶ崎市八代町等 竜ヶ崎市大徳町等 (2)対象者
上記の対象地区の住民で、次のいずれにも該当する者とした。
ア)原則として、年齢が30歳から64歳までの者で、かつ、昭和47年以降通算で10年以上当該地区に居住している者 (3)調査数イ)医師による問診、血圧測定及び貧血検査などにより、約100mlの採血が可能と判断された者
各地区の調査数をそれぞれ30名と設定し、併せて120名とした。
なお、男女については、各地区とも、原則同数とした。
5.調査の方法 (1)血液中のダイオキシン類の濃度検査
約100mlを採血し、50mlを当該検査の試料とし、残りについては脂肪量測定に、また、二重チェック(内部精度管理)又はクロスチェック(外部精度管理)用に供した。分析法は、環境庁が行う同様の調査の結果を比較し参考にするため、同庁が採用した分析方法(いわゆるアルカリ分解法)によった。
また、分析機関は、分析値の分析機関間の誤差を排除するため、環境庁が分析を委託した分析機関(新日本気象海洋株式会社)に委託した。
なお、分析法や分析機関の選定は、専門部会の意見に基づいた。
(2)健康診査
医師による診察及び血液検査などを実施した。
(3)生活状況関連調査
血液を採取した者について、保健婦や栄養士による聞き取り調査を実施した。
6.実施体制 (1)検討委員会等の設置
調査の対象、内容及び方法等を検討するとともに、調査結果について検討・評価するため、検討委員会を設置した。
また、分析や評価の方法などの専門的事項を検討するため、同委員会に専門家による専門部会を設置した。
(2)市町村の協力
調査対象者の選定(公募)のための住民説明会の開催、健康検査や生活状況関連調査などに関して、龍ヶ崎市や新利根町の地元区長を含む行政関係者の協力を得た。
7.調査対象者の選定 龍ヶ崎市及び新利根町の調査対象地区の約1500世帯に対して、調査対象者公募のためのお知らせを配布するとともに、住民税明会を開催するなどして、調査に対する理解と協力を求めた。
人 数 備 考 応募者数 185名 選定基準適合者 178名 事前検査実施者 161名事前検査適合者 137名 不適者24名 採血対象者 120名 補欠17名 追加実施者 5名 採血不可、採血量不足のため新たに追加した者
8.調査経過
平成10年6月健康調査実施決定 7月健康調査実施体制整備 8月28日第1回検討委員会 9月24日第1回専門部会 10月14日第2回専門部会 10月27日第2回検討委員会 11月調査対象者公募説明会・公募 12月事前検査・健康診断 採血 平成11年2月5名追加採血 〜3月分析 4月集計・解析 5月18日第3回専門部会 5月27日第3回検討委員会 中間報告の公表
住民への結果通知
5月30日住民説明会の開催
9.調査結果 (1)調査対象者
公募により各地区から30名の調査協力者を求めたが、A地区には居住者が比較的に少なく、協力者は14名であった。このため、城取清掃工場からの排煙による影響が類似するB地区においてその不足数を加え対象者とした。また、D地区においては、応募者の男性が予定数を下回ったことから、女性を対象者に加えて30名とした。
なお、応募者から採血対象者を選定するに当たっては、性と年齢を地区(距離)別のダイオキシン類濃度を比較する際の重要な交絡因子と考え、その調整をサンプリング段階で調整する目的で各地区の性の割合、年齢分布が同等となるように考慮した。その結果、地区別の対象者及びこれら対象者の平均年齢などは表1及び表2のとおりとなった。
表1 地区別調査対象人員(人)
地区 A B C D 計 男 7 23 15 12 57女 7 23 15 18 63計 14 46 30 30 120表2調査対象者の平均年齢・平均居住年数
地区 A B C D 年齢 男 50.1 53.0 50.6 54.2女 50.1 49.9 51.7 51.3居住 男 45.3 43.4 39.6 37.5女 33.4 27.5 36.0 31.5(2)血液中のダイオキシン類濃度
ア)地区別検出状況
各地区の検出値は、いわゆるWHO(世界保健機関)方式、厚生省方式及びEPA(米国環境保護庁)方式でダイオキシン類並びにコプラナーPCB濃度について計算した。その結果は表3、表4及び表5のとおりであった。
この結果から、ダイオキシン類に関して、地区別の検出値に大きな差は見られなかった。
コプラナーPCBに関しても、地区別の検出値において大きな差は見られなかった。
各方式での値は、検出下限値が小さいことからあまり差がない状況であった。
このため、以下の説明では、いわゆるWHO方式により表すこととにする。
また、先に環境庁が実施した大阪府能勢町地域及び埼玉県所沢市等地域での調査結果(参考資料参照)と比較すると、ダイオキシン類及びコプラナーPCBいずれも平均値において各地区とも低い状況にあった。
一方、いわゆる内部精度管理としての二重チェックを6検体について実施したところ、表6のとおり測定値の差は、許容の範疇(30%以内)にあった。
なお、専門部会において、血液中の脂肪量が一部に高いものがあるとの指摘があったことから、現在再測定を実施している。この結果については、最終報告書で報告することとする。
さらに、クロスチェックについて、ドイツのエルゴ社に12検体を依頼しており、近く結果報告がある予定である。
表3 定量下限値未満をその下限値の1/2とした場合(WHO方式)(pg−TEQ/g脂肪)
A地区 B地区 C地区 D地区 計 対象数 14 46 30 30 120ダイオキシン類 平均値 9.9 10.0 9.1 9.7 9.7標準偏差値 3.8 3.7 3.2 4.3 3.7中央値 9.3 9.7 8.5 8.8 9.0範囲 4.7〜17 4.1〜21 4.7〜16 5.3〜24 4.1〜24コプラナーPCB 平均値 7.0 7.9 6.5 7.3 7.3標準偏差値 2.9 5.1 2.7 3.8 4.1中央値 7.1 6.7 6.3 6.1 6.6範囲 2.4〜12 1.4〜24 2.1〜12 2.7〜21 1.4〜24注:1 TEQ(毒性等価量)は、ダイオキシン類はINTERNATIONAL−TEF(毒性等価係数。以下同じ。)を適用、また、コプラナーPCBはWHO1997−TEFを使用した。(以下同じ。)
使用したム(以下同じ。)
注:2 定量下限値は、次のとおり。(以下同じ。)
T4CDD・T4CDF 1pg/g脂肪P5CDD・P5CDF 1pg/g脂肪H6CDD・H6CDF 2pg/g脂肪H7CDD・H7CDF 2pg/g脂肪08CDD・08CDF 4pg/g脂肪CoplanarPCB lOpg/g脂肪表4 定量下限値未満を0とした場合(厚生省方式) (pg−TEQ/g脂肪)
A地区 B地区 C地区 D地区 計 対象数 14 46 30 30 120ダイオキシン類 平均値 9.1 9.4 8.4 9.0 9.0標準偏差値 4.0 4.0 3.4 4.6 4.0中央値 8.4 8.9 7.7 8.3 8.3範囲 3.6〜16 3.1〜21 3.8〜16 4.3〜24 3.1〜24コプラナーPCB 平均値 7.0 7.9 6.5 7.3 7.3標準偏差値 2.9 5.2 2.8 4.0 4.1中央値 7.1 6.7 6.3 6.1 6.6範囲 2.4〜12 0.81〜24 1.6〜12 2.7〜21 0.81〜24表5 定量下限値未満を下限値の値とした場合(EPA)方式 (pg−TEQ/g脂肪)
A地区 B地区 C地区 D地区 計 対象数 14 46 30 30 120ダイオキシン類 平均値 11 11 9.9 11 11標準偏差値 3.4 3.5 3.1 4.0 3.5中央値 10 11 9.4 9.6 9.7範囲 5.8〜17 5.1〜21 5.7〜16 6.3〜24 5.1〜24コプラナーPCB 平均値 7.0 7.9 6.6 7.3 7.3標準偏差値 2.9 5.1 2.7 3.8 4.0中央値 7.1 6.7 6.3 6.1 6.6範囲 2.4〜12 1.9〜24 2.6〜12 2.7〜21 1.9〜24表6 二重チェックの結果(ダイオキシン類に限る。) (pg−TEQ/g脂肪)
NO 1 2 3 4 5 6 1回目 5.0 7.6 15 6.8 4.3 10 2回目 7.4 9.1 19 8.9 5.6 11測定差 19.4% 9.0 11.8 13.4 13.1 4.8イ)男女別・年齢別検出状況
各地区の男女別・年齢別の検出状況は、図1のとおりである。
各地区において、ダイオキシン類及びコプラナーPCBいずれも、女性が男性より高く、また、加齢に従って高くなる傾向が見られた。
ウ)距離別検出状況
調査対象者の居住地の城取清掃工場からの距離別検出状況は、ダイオキシン類に関しては図2が男女全体、図3が男性の検出分布を示している。
また、コプラナーPCBに関しては、図4が男女全体、図5は男性の検出分布を示している。
図2及び図3に示されている「水平線」は焼却施設周辺の濃度レベルで、図2から図5までに示されている「数種類の曲線」は「データのバラツキの変動の中に隠れている真の構造(傾向)を推定する統計学的平滑化法loess(Locally weighted running-line smoothers)」による推定値で、その推定値を規定するバラメータを5種類に変化させて描いたものである。パラメータを変えるたことによる傾向の変動は見られない。
以上の図から、ダイオキシン類の男性について、わずかながら、距離減衰が見られる(同工場付近と7km付近では約1.5pgの差)。女性については、距離減衰が明らかではなかったが、全体としてその傾向が見られた。しかし、コプラナーPCBに関しては、男女ともその傾向は見られなかった。
エ)居住年数別検出状況
各地区の居住年数別・男女別検出状況は図6のとおりである。
男女とも、全体としては年齢ほどの相関は見られない。もっとも、居住年数そのものはダイオキシン類濃度の影響を検討する際には重要な変数ではないが、他の調査との比較を考慮して図示した。
オ)農業専業・兼業別検出状況
農業従事者に関する、専業・兼業別検出状況は、図7及び図8のとおりである。
ダイオキシン類及びコプラナーPCBいずれも、検出値において、専業農家より兼業農家従事者に高い傾向が見られたれ対象者が少ないことや農業の規模・就業期間などの因子も考慮しなければならない中では評価は難しい。
その他の職業別検出状況については、さらに解析を進めることしたい。
カ)健康診査
健康診査の結果は、表7のとおりである。
コレステロール、中性脂肪及びγGTP値に高値を示す者がいたが、血液中のダイオキシン類濃度との関連は見られなかった。これらの健康診査の結果をもってダイオキシン類の影響について言及することは難しいが、結果的には、これらの診査項目に関して調査対象者にダイオキシン類によると思われる影響は見られなかった。
なお、当該調査の応募者161名について、医師による皮膚疾患診察も併せて実施した。
その結果9名に皮膚疾患が認められたが、塩素坐そう(塩素ニキビ)と認められるものはなかった。
表7 健康診査の結果
女性n=63 男性n=57 合計n=120 平均値 標準偏差 平均値 標準備差 平均値 標準偏差 身長 154.5 5.9 166.1 6.6 160.0 8.5体重 56.4 8.4 65.7 9.4 60.8 10.0体脂肪 32.2 6.5 24.0 5.1 28.3 7.2総コレステロール 208.9 31.4 199.6 30.7 204.5 31.3HDLコレステロール 60.6 12.2 54.5 14.6 57.7 13.7中性脂肪 103.6 47.8 148.8 102.8 125.1 81.7リン脂質 223.2 24.7 222.5 32.1 222.9 28.3GOT 21.6 7.0 26.7 8.5 24.0 8.1GPT 17.5 7.6 27.9 15.7 22.4 13.2γGTP 17.1 8.8 40.8 35.9 28.3 28.1クレアチニン 0.8 0.1 0.9667 0.1314 0.9 0.2
10.まとめ (1)血液中のタイオキシン類濃度について
検出値に関しては、平均値が9.7pg−TEQ/g脂肪(以下「pg」という。)(最低値が4.1pg、最高値が24pg)と、これまでの環境庁が行った大阪府能勢町や埼玉県所沢市などの住民を対象とする調査の結果と比較しても低い状況にあった。このことは、今回の結果を見る限り城取清掃工場周辺に健康を脅かす高濃度の人体へのダイオキシン暴露は見られなかったと言えよう。
城取清掃工場からの距離による濃度格差(距離減衰)に関しては、男性のダイオキシン類濃度でほぼ直線的な距離減衰(同工場付近とこ7km付近では約1.5pgの差)を暗示する解析結果が得られた。女性ではこのような観察されなかった。食事由来がほとんどとされているコプラナーPCBには全く距離減衰が観察されなかったことから、男性で観察された距離減衰は同工場の影響の可能性が示唆される。しかし、なぜ、男性だけに距離減衰が見られ、女性に見られないのかを説明できる結果が得られておらず、最終報告に向けてさらなる検討を行いたい。
(2)健康影響について
ダイオキシン類の人体への影響については高濃度暴露者についてのデータしかないが、今般のダイオキシン類の血液中濃度レベルから判断して、直ちに健康影響を及ほすレベルとは言われず、現時点でさらに健康影響について追究する必要性は小さいと考える。
(3)生活状況との関連性について
居住歴、職業歴、喫煙歴及び食習慣、いずれにおいても現時点では血液中のダイオキシン類濃度に対する影響・関連性について、明確に言及するための結果は得られていない。今後さらにこれらについて解析を行い、一定の評価が得られれば最終報告の中で報告することとする。
11.今後の対応 (1)血液提供者への結果通知
血液採取時に、血液中のダイオキシン類の濃度の結果通知の希望の有無を聞いており、希望者に対しては、この結果を通知するとともに、説明会などにおいて結果に関する説明を行う。
なお、結果通知に際して、今回の調査結果における地区別の平均値などの情報を提供する。
(2)調査結果の公表と個人情報の保護
情報公開の観点から、集計解析した調査結果については公表することとする。公表に当たっては、専門部会や検討委員会において適切な公表方法や公表内容について検討することとし、公表は可能な限り早い時期に行う。結果通知と併せて説明会を開催することとする。
なお、公表は個人情報の保護に十分に留意して行う。
(3)最終報告書の作成
調査結果については、今後生活状況関連調査の結果との関連性についてさらに可能な限り解析を行うとともに、外部精度管理として実施したクロスチェックなどの結果を解析・評価し、これらを含め、まとめて最終報告書を作成する。
(4)その他
調査結果については、中間報告の内容をもって地元周辺住民などに対しても早い時期に報告会を開催するものとする。
<参考資料>
ダイオキシン類関連健康調査検討委員会委員名簿
◎検討委員会委員長
氏 名 所 属・役 職 名 備 考 ◎細谷 憲政 茨城県健康科学センター長 公衆衛生専門委員 □丹後 俊郎 国立公衆衛生院疫学部理論疫学室長 公衆衛生専門委員 ○森田 昌敏 国立環境研究所地域環境研究グルループ統括研究官 分析関係専門委員 脇本 忠明 愛媛大学農学部生物資源学科教授 分析関係専門委員 鈴木 規之 金沢工業大学工学部環境システム工学科助教授 分析関係専門委員 渡邊 昌 東京農業大学応用生物科学部栄養科学科教授 医学関係専門委員 村上 正孝 労働福祉事業団茨城産業保健推進センター長 医学関係専門委員 田中 和義 宮崎病院院長 分析関係専門委員 千葉 長 気象研究所環境・応用気象研究部第二研究室長 気象関係専門委員 岡野 貞美 新利根町根本一区区長 新利根町住民代表委員 富山 農夫也 龍ヶ崎市長戸地区区長会代表 龍ヶ崎市住民代表委員 項本 進 江戸崎町上君山地区区長 江戸崎町住民代表委員 石塚 定信 龍ヶ崎市市民福祉部長 龍ヶ崎市代表委員 幸田 晃 牛久市助役 牛久市代表委員 野友 宏之 新利根町総務課長 新利根町代表委員 久保木 功 江戸崎町総務課長 江戸崎町代表委員 大原 賢了 茨城県保健福祉部保健予防課長 県関係委員 石田 久実子 茨城県保健福祉部竜ヶ崎保健所長 県関係委員 中野 昌廣 茨城県生活環境部環境対策課長 県関係委員 森田 稔 茨城県生活環境部廃棄物対策課長 県関係委員 小沼 驍 茨城県県南地方総合事務所環境保全課長 県関係委員
□検討委員会副委員長
○専門部会委員長