日立港に飛行船の基地
日立港に飛行船の基地
茨城県議会議員 井手よしひろ
(e-mail:master@y-ide.com)


 平成10年度から文部科学省と総務省が取り組んでいる成層圏プラットフォーム研究開発が、平成11年10月の総理大臣決定により、人類の直面する課題に応え、新規産業を創出する新しい千年期のプロジェクトとして「ミレニアム・プロジェクト」に選定されました。
 その実験用飛行船の格納庫が、日立港の第5埠頭に置かれ、今後様々な実験が日立港を中心に進められていくことになりました。
 成層圏プラットフォーム研究グループのリーダーである多田章先生の「飛行船プロジェクトについて」のお話を日立港振興協会の広報誌「日立港・風だより」2001年第6号より転載させていただきました。
 なお、成層圏プラットフォームプロジェクトのHPはこちらです。
 
飛行船プロジェクトについて

多田 章 氏 航空宇宙技術研究所
流体科学総合研究グループ
成層圏プラットフォーム研究グループ
リーダー 多田 章
 白い雲がゆっくりと流れるさまにも似て、飛行船の動きはひとびとの心の緊張を和らげてくれます。ロマンを求めるヒコーキ野郎たちの間に愛好家の多かった飛行船ですが、近年の通信および地球観測などの分野の技術や事業の発展によって、成層圏で利用したいとの需要が急激に出てきました。

 私たちの幼い頃に初めて打ち上げられた人工衛星は、いまや毎年150個前後も打ち上げられるようになり、電波の中継や地球観測が日常的に行われています。そうなってみると、もっと地表に近いところに基地(台、基盤、プラットフォーム)があれば、中継できる電波の範囲が広がるし、より精密な地球観測ができるので、成層圏にプラットフォームが欲しいという需要が生じるのは、社会と文化の自然な流れとも言えるでしょうか。

 成層圏プラットフォームを実現するために、わが国では総務省と文部科学省が連携して施策を進めています。産学のユーザーや開発関連の有識者により構成される成層圏プラットフォーム開発協議会に諮ってプロジェクトの方針が定められ、航空宇宙技術研究所、海洋科学技術センター、宇宙開発事業団、通信・放送機構を実施機関として、成層圏プラットフォーム本体となる飛行船や、通信、観測などのミッション(利用)機器の開発が平成10年度から始められています。

 成層圏にプラットフォームを設置するのは、じつは結構難しい技術です。私たちの調査的研究によれば、飛行船を滞空させるのが一番近道なのですが、近道と言っても途中でいくつか山も谷も越える必要があります。一例を挙げれば、高度が上がるほど空気密度が小さくなり、浮力が減ってしまうので、通常の飛行船では富士山頂くらいまでしか上がれません。よほど軽くて強い船体を作らなければなりません。また何ケ月も続けて滞空したいので、太陽電池などエネルギー補給の技術状況がもう少し進捗してほしいところです。安全、確実な飛行をするためには、飛行船内部のガスの動きも解明しなければならないし、飛行船周りの大気状態を予測することも大切です。

 さまざまな技術課題を関連各分野が歩調を合わせて解決していくために、私たちは実用に至るまでにいくつかのステップを設定してプロジェクトを進めています。最初のステップは、飛行船の超軽量化を中心課題とする成層圏滞空飛行試験です。この試験は全長48m前後の飛行船を製作し、高度15kmまで上げ、成層圏の大気観測をした後、海上で回収する飛行実験を、平成15年度に行います。第二のステップは、飛行船に耐風能力を持たせて、上空の風の流れの中でも押し流されないようにする技術確立を中心課題とする定点滞空飛行試験です。この試験では、プロペラ推進系を持つ飛行船を高度4km程度まで上げ、風の中で地上からみて一定の位置に留まるよう自動操縦する飛行実験を行います。地上からの通信の中継をする実験や地上観測の実験も含めて、平成16年度前後に繰り返し飛行実験を行います。成層圏滞空飛行試験および定点滞空飛行試験は、21世紀初頭を飾るミレニアムプロジェクトの一環に採り上げられ、内閣より特別の使命を与えられています。

 第三のステップ以降は現在計画を練っているところです。まず、第一、第ニステツプの成果を併せて、成層圏で定点に滞空できることを実証する実験が必要でしょう。また、成層圏で数ヶ月続けて滞空するステップも必要と思われます。これらに応じて、搭載できる地球観測や通信ミッションの範囲は拡大していきます。数ヶ月の間、成層圏で、しかも地上から見て定まった点に飛行船が滞空することができれば、もう成層圏プラットフォームの会社を作るのも容易です。

 日本全国の通信中継をカバーするためには、数機の成層圏飛行船を浮かせておけば十分と言われていますが、一回の飛行後、次の飛行までのメンテナンスに必要な期間も考慮して、所有機数、格納庫(整備上)、運航要員数が決定できるでしょう。運用地域は何も我が国に限る必要はなく、束アジア全体とか、大陸ごととか、いっそのこと世界中とか、いろいろ考えられます。世界的にみれば、島や山が多いとか、人口密度が小さいとか、地理的な条件から、成層圏プラットフォームを利用したほうが、地上の中継システムを整備していくより、ずっと容易と考えられる地域も多いと思われます。

 利用方法も多様になっていくでしょう。社会経済的な観点から、同一地域に利用方法の異なるいくつもの成層圏プラットフォームシステムが運用されるかも知れません...と夢はどんどん膨らんでいきますが、話が大風呂敷を拡げたようになって「飛行船に唐草模様が書いてあるのじゃないかしら?」なんて思われないように、話を現在に戻しましょう。

 写真は昨年9月に日立港第5埠頭で行った放船模擬実験のスナップです。飛行船は、成層圏滞空飛行試験向けに設計中の飛行船とほぼ同じサイズの飛行船(日立港で以前飛行船実験を行った「環境フロンティア地域結集型共同研究」の飛行船を科学技術振興事業団より借用)を用いました。午前3時から準備を始め、風の弱い夜明け前を目標に実験を進めたのですが、始めの日は風が強かったために実際には2日かけて操作を行いました。飛行船を格納庫から搬出し、所定の位置で、成層圏滞空飛行試験飛行船特有の上向き姿勢をとり、係留索を切断すると、飛行船はするすると上昇し、数十メートル上昇したところで別の索によって引き止められました。

 この実験では、飛行船が上を向いた姿勢でも離陸できることが確かめることができました。成層圏滞空飛行試験の場合、この姿勢のほうが具合良いと考えられているのですが、従来の飛行船ではこのような離陸様式の実績が無いので、机上の検討だけでなく、実地の実験が必要だったのです。また飛行船の内部の空気圧およびヘリウム庄がどう変動するかのデータや、GPSによる位置測定データ、風観測データなど貴重なデータが得られました。

 また、航空宇宙技術研究所と日立埠頭さん、日立ポートサービスさんなど各社が作業を分担しつつ、かつ「一糸乱れず」と言いたくなるほど密接な連携をとれたと思います。数十人の要員が気持ちを合わせてひとつのことを成し遂げる喜びを、久しぶりに味わわせて頂きました。しかし、人々が気象条件の整うまで緊張のまま待機するのは大変なことで、「これ以上待機が長引くと明日に延期になったとき体力、注意力が持たない」などのアドバイスも頂き、実験手順の改善にも役立ちました。港湾事務所、海上保安庁、消防、警察、漁業協同組合ほかの各機関との連絡についても方法を向上させていきたいと思っています。

 この実験とシリーズになっている海上回収実験も2001年に予定しています。成層圏滞空飛行試験および定点滞空飛行試験の実験地についてはまだ決定しておりませんが、当分の間は日立港に飛行船の格納庫を置かせて頂いて、いろいろお世話になることでしょう。

日立港関係の皆様、成層圏プラットフォーム飛行船をよろしくお願いいたします。


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